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一般社団法人人生計画協会

インドで3ヶ月、放浪する(10万字の長すぎる自己紹介7/50)

長期的な視点であなたの夢を目標に変えて実現する、人生計画マスターコーチの安田修です。

この記事は、人生計画フォーラムのコミュニティ・プラットフォーム・システムの開発に関するクラウドファンディングプロジェクトが44日後の7/7(金)までに200万円の目標額を達成するために毎日2,000文字以上、書いています。今回のテーマはインドへの旅です。20歳のときに3ヶ月間、インドを放浪していたんですよ。

初の海外旅行が「インドに3ヶ月」

大学を休学して1年間、やりたいことをしようと決めたのは良いものの、では何をするかというと意外と難しいですよね。起業でもしておけば今に繋がる美しい布石になったのでしょうが当時はそんなこと思いも寄らず、「まあ時間だけはあるから、海外を放浪でもしようかな」ということになりました。

インドを選んだことに大した理由はありません。ほんとに単純に「一生語れるネタになるし、面白いかな」って思ったんです。私は20歳から今までずっと日記を書いているのですが、当時の日記を読むと自分のアホさ加減にめまいがします。もちろん、考えていることを全て書いているわけではありませんが、明らかに思慮が浅いのです。人は歳をとるごとに、少なくとも40歳くらいまでは、確実に賢くなっていると思いますよ。

3ヶ月という期間も、取得できるビザの上限が90日間だっただけのことです。もっと調べれば延長できる方法もあったのかもしれませんが、「まあお金にも限りがあるし、それくらいでちょうど良いか」と。行きと帰りの航空券だけ買って、ふらりと旅立ちました。初日に泊まるホテルも予約せず、無謀ですよね。

インドをぐるりと一周して、ネパールへ

どんな旅程だったかというと、10月の中旬にデリー(インドの北東)に入り、1月初旬にカルカッタ(同、北西)から日本に帰るルートです。決まっていたのはこれだけ。行きの飛行機の中で大方針を立てて、時計回りにインドをゆっくり、一周しようと決めました。あとは地球の歩き方で行きたいところをピックアップ。

タージマハールのあるアーグラーと聖地ベナレス(ヴァラーナシー)は当然として、ボンベイ(ムンバイ)と南の果てであるカニャークマリ、良い感じの港町プリー、4大フォート(城跡)も制覇したいし、カシミールやネパールにも寄りたい。急ぐ旅ではないから、移動手段は鉄道かなと。ホテルは安くて良いやと。

結局、カシミール地方は紛争中だったので避け、ネパールに2週間程度、立ち寄りました。ポカラでのヒマラヤ山脈の絶景は素晴らしかったですね。一つ予定とは違ったのが、予約が必要だったりストが頻発したりして鉄道の使い勝手が悪く、長距離バスを中心に使うことになったことでしょうか。

会う人がみんな、騙しにくる

インドで一番衝撃を受けたことは、基本的にアプローチしてくるインド人はみんな、自分を騙しにくるということです。日本語でニコニコ笑いながら話しかけてくる人が「良い人」であることなんて絶対とは言いませんがまず、ありません。時には何人もがグルになって、無知な旅行者を騙して、お金を取ろうとしてくるんです。

当時の私は「それでも本当に良い人もいるのではないか」と思ってそういう誘いに途中まで乗っては、ぎりぎりで離脱するということを繰り返していました。スリルがあって、すごく人間観察術・交渉術の勉強になりました。下手をすれば飲み物に睡眠薬が入っているとか、暴力に訴えられて全財産を失うというリスクはありましたが、比較的そういう悪質な犯罪は少ないようでした。

とは言え、旅をしていると日本人旅行者が「後ろから鉄の棒で殴られた」とか「お腹をナイフで切り裂かれた」とかいう話をちょいちょい聞きます。女性の一人旅とか、夜の街を酔っぱらって歩くといった「自己責任」みたいなことも確かにあるなと思いましたし、運が悪かったらそれまで、という諦観も身に付きました。

価値観は変わったか

街を普通にウシが歩いているとか、バスを降りると物乞いの人たちが一斉につかみかかってくるという経験、あとは良くある話で親がわざと自分の子供の足や腕を切り落とし、目を潰して物乞いとして「有利に」するとかいう話にも接します。それに対して、のうのうと一人旅をしている豊かな日本人の自分。

旅をしている間は何もすることがないので、ノートに「旅日記」を書いたり、それすらせず一日中ただ風景を眺めていたりするのですが、まあいろんなことを考えましたよ。でもそれで人生観が変わったとか、人間として大きく成長したとかいうのも何か違うなと当時は思っていました。そういう生産的なもんじゃないと。

ただ今になって振り返れば、このインドでの3ヶ月の放浪はすごく貴重な経験になっていると思います。「どうやってでも生きていける」という確信は、このときの経験を基にして生まれた価値観なんじゃないかなと。それは、運が悪かったら死ぬ、ということの裏返しなのかもしれませんね。それでは、また。